京都のおばあちゃん①おばあちゃんを嫌うことでお母さんと自分を守ってた。

京都のおばあちゃん①おばあちゃんを嫌うことでお母さんと自分を守ってた。

もう亡くなったが父の母は京都の人だった。父も京都で生まれ育った。

私は京都と奈良のハーフだ。

色々あって物心ついたときはおばあちゃんは上桂の小さなアパートに一人で住んでいて

お父さん、妹たちと夏休みや冬休みには遊びに行っていた。

大きくなってからは妹と二人で近鉄特急に乗り、

おばあちゃんと京都駅で待ち合わせをした。

四条や河原町をショッピングしたり喫茶店でコーヒー飲んだりした。

おばあちゃんは生粋の京都人。

お茶は「一保堂」、どぼ漬け(ぬか漬けのこと)は錦市場のあそこでとか全部決まってた。

そういえば、だし巻きも決まったとこで買ってたなあ。

わがままだった。

百貨店が好き、喫茶店でコーヒーを飲むのが好き。

おしゃれな服を着てピンと背中を伸ばし、コーヒーを飲みながら煙草を愉しんでいた。

おしゃれで艶っぽい人だった。

名前も「艶子」だわw

孫の私たちにはいつもやさしいが、母や伯母たちにはそうでもなかったみたい。

お互いの捉え方もあるからどっちがどうとかないが

私からみたおばあちゃんを話すと

気性の荒い人だったと思う。

よく言う腹黒いとこもバリバリあったと思う。

まあ大体口で言ってることと本心は違ったと思うわ。

母方の祖母と同じく手先が器用だった。特に編み物、ビーズアクセが得意で

いくつか作ってもらった。

 

私はたぶんおばあちゃんによく似てるw

似たくなかった。お母さんはおばあちゃんをあまり好きでないから

私もお母さんと同じ気持ちでいて

おばあちゃんを嫌って

一生懸命小さな自分と、大切なお母さんを守ろうとしていたんだと思う。

 

だからことあるごとにお母さんに

「あんたは京都のお母さんに似てる」

「悪い血が全部あんたにいったんや」(私に色々あったときに出た言葉。怖いね。)

と言われるのが苦痛だった。認めつつも苦痛だった。

受け入れがたい恐怖というか・・・。

写真を見比べるのも怖かった。

母方のおばあちゃんと似てるとこがあるとホッとした。

 

てゆうのが昨日出てきてーーー

出てくるねー色々とまあ。

 

だから京都と聞くと自分の本籍地なのにザワっとする。

京都で楽しめた感じがないのだ。京都は違和感。鬼門としていたのだ。

なのに時々京都に行く。行ってはしっくりこないを繰り返す。

時々、何かからの命令のように京都を想ったりする。変なの。

 

この鎖が解けたら、もっと京都を愛せるかなーと思う。

そしたら父のことももっと愛せるんだろうか・・・?