遠くに行く意味。空っぽになりに行く。視座が上がる。

遠くに行く意味。空っぽになりに行く。視座が上がる。

 

最近あっちこっち行ってます。

先月の東京ー金沢旅行を皮切りに一ヶ月間に4回の旅。

ほとんど家にいなかった。

家にいる2日、3日も洗濯して休養して荷ほどきして荷造りしての繰り返し。

先月末はブログ会、ものくろキャンプ、B塾と連日の予定。

退職前は真っ白だったスケジュールが

今は結構パンパン。

 

で来月もまた、旅の予定を入れている(関東方面)

そして東京セミナーも普通にある。

 

なぜそんな遠いとこへ行くのか

関西では事足りないのか。

 

関西にもええとこはいっぱいあるんですが、

私の場合は

遠くに行って

行った先で新しい出会い、新しい体験を通じて

今の自分

今までの自分

を大きく客観視できる、というのがある。

 

東京が多いのは私が新しいエネルギーをもらいに行っているのかもしれない。

そして得たエネルギーで既存の絢美を壊して手放してニュー絢美をゲットしたい。

 

移動の長い距離も、移動中にぼーっと空っぽになって

空っぽな自分を感じる時

いい感じに上から自分を眺めているような感覚になるのだ。

高野山で阿字観瞑想した時のような

視座が自然と高くなり

上からぼんやりと

自分の感情の動きや

自分の今の状況を観ることができる。

 

今、私はそうやって人生でかけがえのない時間を過ごしています。

 

旅や出会いなど「特別」なことが

既存の私が「特別」って思ってたことが

特別でなくなる。

普通になる。

そうやってどんどん夢を叶えて成長して行くんだと思う。

 

夢が叶っても生活は続く。

 

私らしくいたいだけ。

私は私の感情にオッケーを出すだけ。

 

駒ケ岳サービスエリア

バスからの眺め

▲いつもと違う空気を感じるっていいよね

着物

 

▲試験が終わったら着付け習いに行くーーー

イエーーーーーーーーーーーーイ!!!