自己犠牲から自己愛へ

こんにちわ。あやみんです。

今日は結婚記念日です。この1年夫婦になって色んなことがありました。

穏やかな夫なのでしみじみ幸せですが心の学びはありました。家族って自分を写す鏡のような存在で。

心理学では「投影」と言うみたいです。

蘇ってきた幼い日の記憶

太陽

心のトゲやそれが原因で起こる現実の生きづらさは、幼い頃の記憶などが起因していると言われます。

「自分のことを大事に扱えない」

「家族のことは大事にできるのに自分のことを大事にできない」

という自分に客観的に気づきました。(これも数回目なんですが。)


過去の記憶が出てきました。

私は母に可愛くしてもらったことがないのです。きっとあるんだろうけど自分の記憶感情としてはそう身体や意識に刻み込まれていました。

髪を結ってもらったことがほとんどんない。洋服も選んでもらったことがない(という記憶になっている)。

母は料理が好きで本当美味しい料理で育ててくれたことはまじ感謝です。子供に対しての愛情はあったと思う。

しかし母は私に目線すら合わせず料理を作り続けた。3人の子育てとパートで疲れてたと思う。

食後は何か話そうとすると「今日耳日曜日」と言われ、聞いてもらえなかった。

ある日母のお友達が家にきた時に私のことを「育てにくい」と言っていた。

もしかして親子連鎖だとすると、母もまた、そうだったのかもしれない・・・。

昔おばあちゃんが内職で超忙しそうだった、、て母が言ってたなあ。

大学を出て介護の仕事に就きました。一日中、夜中も人のお世話。

お風呂の介助、髪を乾かして整えたり、着替え、食事、爪切り、耳掃除、お話相手。

楽しい。全然苦じゃなかった。感謝してもらえて一生懸命やりました。

だけど一層自分のことは構わなくなっていきました。

自分のことより周りのこと、周りの人、職場でもプライベートでも。

私ってこういうタイプの人間なんだ、、て思い込むようになっていた。

欲しかった言葉

昨夜、ヘナ(自然原料の髪染め)で白髪染めをしました。ロングなので、後ろは夫が手伝ってくれました。

染め終わって、洗い流し、ドライヤーで乾かしオイルを馴染ませて櫛を通しました。

夫に見せにいくと、

「おおーきれいに染まったじゃーん。良かった良かったー。」

と目を見て言ってくれて、抱きしめて頭をなでてくれました。

心の底からうれしかった。


自分磨きや自己愛、いわゆる自分を大切にすることって、自分で頑張るものだと思っていました。

こうやって人(または親)と関わることで得られる部分も大いにあります。

自己犠牲はもうやめて、自分磨きを頑張ろうと思います。。



↓ 夫の胸を借りて大泣きしてすっきりしてから引いたOSHO禅タロット

さらに思ったこと

親って完璧じゃない。親も人間。

自分の苦しみマインドのパターンが分かると次に進めそう。

理解できたことで親に対して良い面を客観的に見ることができ、心から感謝できそう。

この記事を書いた人

あやみん

ハーバルセラピスト/アロマテラピーアドバイザー/介護福祉士/介護支援専門員/ブロガー/料理好き